2012年1月24日

幸せはつかむものではなく気付くもの

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こんにちは。岡山のFPことファイナンシャルプランナーの満倉誠です。

 

 

 

 

 

昨年の年末私は妻と一緒に病院に入院している父と特養に入所している祖母のお見舞いに行って来た。

父は脳梗塞を患い、もうかれこれ6年目の入院生活。

祖母は丸一年の特養生活だ。

 

 

 

 

私は、何度かお見舞いに行っているが特に父のお見舞いは気が引ける思いがある。

喉を切開して管を通ししゃべることは出来ない。

一時はもうだめかと医者から言われたことを思えば”今”は奇跡である。

歩くことは出来ないが自分で車いすに乗って移動は出来る。

 

 

食事もおかゆとヨーグルトになったようで以前は胃ろうで直接栄養を胃に入れていたことを思うと口から食べれるということは何と幸せなことだと思う。

父の病室に妻と行き、「来たよ!」って、笑顔で言った。

 

 

 

父はとても嬉しそうな顔をしていた。

 

別に何をする訳でもないが、他愛もない話を父とした。

 

 

とても嬉しそうな父の顔を見ると、何か分からないけど私も嬉しくなった。

丁度、お昼時だったこともあって昼ごはんが運ばれてきた。

お茶と、お粥とうめぼしにヨーグルト。

父は美味しそうに食べていた。

 

「美味しい?」

と聞くと、父は「うん、うん」と頷いて見せる。

 

父に「また来るから」と、挨拶をして今度は祖母のいる特養に向った。

父の病院からほ30分ほど車を走らせて到着。

 

2ヶ月ぶりぐらいだろうか。

少し痴呆症のある祖母は私のことを憶えているだろうか・・・。

少し不安だった。

職員の方に挨拶を済ませ祖母のいる棟に行ってみた。

 

皆でテレビを見る部屋のイスに座りテレビを見ていた。

元気そうだった。

 

「元気にしてた?」と私が声を掛けた。

祖母は憶えていた。

 

 

そしてまた私と妻に父と同じように嬉しそうな顔をしてみせてくれる。

「よく来てくれた」祖母がその言葉を繰り返す。

 

 

「稲刈りは済んだか?」

祖母が笑わしてくれる。

 

 

 

とても嬉しそうな父と祖母の顔を見て私も少し嬉しい気分になった。

明日になれば私が来たことも忘れるであろう、祖母。

92歳になる祖母、もう少しで70歳になる父その二人の笑顔は屈託のない笑顔だった。

 

 

 

 

 

幸せとは・・・。

私はただ、父と祖母の所に行っただけである。

それなのにすごく喜んでくれる。

 

それは、傍から見ればただの日常の普通の光景でしかないが、家族にしか分からない何かを感じた。

 

 

 

 

家族とはそういうものだと父と祖母が私に気が付かせてくれる。

 

そして介護、超高齢化社会・・・

 

今の時代をリアルに生きている感じがした。

 

 

 

動画を作ってみました。

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